てったい北関東

覚書、感想、備忘録

映画「日日是好日」を観た感想

非常におだやかな映画です。
お話としては、大学卒業間近に控えた女子大生が、茶道教室に通い始め、
30代くらいまでの時間の流れをつらつらと展開させていきます。
www.youtube.com

この映画の面白いところは、映画の「型」にはまっていないところだと思う。
この映画、起承転結、みたいなものがないのだ。
ただ時間だけが過ぎていく。
彼女の身の回りにはささやかな事件は起きて、オムニバス的に次々に展開する。
「あれ、そのあとはどうなったんだ」とかそういう話もある。
これって、映画に必要なの?と思うようなシーンもある。
けれど、たぶん生きているってそういうことで、
他人からすればすごくどうでもいいけれど、後から思えば面白くもなんともないかもしれないけれども、
その時の自分からとってすれば、大いに悩んだり、傷ついたりした「事件」だったりすることって
誰にしろあるんではなかろうか。

事件がおこるたびに彼女はいろいろな感情を抱き、気づき、悩んだりする。
映画としては非常に地味な展開だけれども、
なんというか、その時々にしか感じられないこと、考えられないこと、気づけないこと。
たくさんあると思うのだ。

今を生きていない人って、それこそたくさんいると思うのです。
将来のためにいい大学に入る、とか、そのために勉強する、とか、
将来のために残業する、とか、ええ。よくわかんないですけどね。
もちろん努力は大切だと思いますよ。思いますけど、
でも彼らにとってその将来っていつ来るんですかね。
まあ、別にいいんですけど。

僕は、もうちょっと将来のことも考えた方が良いと思いますけどね。
今日もぐうたら。

ツーリング 赤城山編

前回の草木ダムよりも足を延ばして、赤城山まで行ってきました。

赤城山総合観光案内所から。
f:id:ashst:20181014203842j:plain

自転車乗りがたくさんおり、置き場も設けられておりました。
ヒルクライムで盛り上がってるんですかね。
山道のぼりながらも自転車を何台も追い越しましたけど、そのたびに、
「自力で頑張っているのに自分はエンジンで楽して…」
となんだか申し訳ないような気持にもなりつつ笑。

赤城大沼では林間学校でしょうか、カッターにのる少年たち。
f:id:ashst:20181014204145j:plain

赤城神社って結構こじんまりしているんですね。
榛名神社はすごく広くて立派なので、なんだか意外だった。

帰りは昭和村の方を通って。
f:id:ashst:20181014204410j:plain

いい感じに整備された、いい感じの小さな神社がありましたが…
f:id:ashst:20181014204531j:plain
なんかやってたようなので中には入らず帰りました。

少しずつだけど、減速のやり方がわかってきたようです^^
車が多いとてんぱって、うまく操作できないですけど。

次はどこに行こうかな。
少しずつ走行距離を伸ばしておりますけど。
本格的に寒くなる前に、なんとか総距離1000kmは行きたいですなあ。

ツーリング 草木ダム編

バイク(CB250R)を買ったけれども、
公道が怖くて、ほかの車とかが怖くて、なかなか遠出できていない今日この頃。

先日の高津戸峡からもう少し距離を伸ばして、草木ダムまで行ってきました。

草木ダム展望台。
f:id:ashst:20181007224635j:plain
ライダーがいっぱいいました。
日光まで行くんでしょうか。

いわゆるワンツーツー。
山道、ではありますがそこまでくねくねしているわけではなく、
運転はしやすかったです。車にはあおられましたけど。

みかげ原展望地から。赤い橋がきれいでした。
f:id:ashst:20181007225007j:plain

f:id:ashst:20181007225326j:plain

カーブがむつかしい。
まだまだ慣れませんが、でも楽しい。

そこまで遠出というわけではありませんでしたが
初めてのツーリングらしいツーリングでした。
次はどこ行こう。手頃なところだと赤城山とかになるんですかね。

突貫旅行

旅行!突貫旅行!
加茂水族館に行く」という最大目的以外は
予定も立てずにボロ軽を転がしていってきました。
最終行程はこんな感じになりました。
群馬→マリンピア日本海加茂水族館万代島美術館(近藤勝也展)

マリンピア日本海、の近くの海岸。
f:id:ashst:20180923225755j:plain

マリンピア日本海、とても面白かった。
結構場内が広くて、ぐるぐる回っていた。
イルカショーとかも、ただ魅せるだけじゃなくてお勉強コーナーを設けていたり
ラッコのエサやり解説とか、
飼育員が積極的に説明してくれる姿勢がすごくよかった。

山形の、加茂水族館の近くの、なんとかっていう神社の小高いとこに登っての写真。
f:id:ashst:20180923234519j:plain

(なんだっけね。)

加茂水族館も行ったのだけど、
こちらもクラゲの一生とか飼育裏話とか、
ちゃんと説明時間があるのがよかった。

水族館ってこうやって飼育員がちゃんと説明してくれるんだね。
見てるだけでも面白いのだけど、
やっぱりもっとわかると、もっといいよね。

写真も撮りたくて、前に買って使いこなせないままの一眼レフを引っ張り出してきたんだけど、
なんだかうまく撮れないのよなあ。

もうちょっと経験を積んでいきたいですね。

検察側の罪人の感想

なんというか、映画の予告編を見て面白そうだった。
www.youtube.com

HEROというドラマはとても面白かったけど、違和感があったのは、
弁護士側は悪役(?)としか描かれないことだった。
弁護士もの、検察もの、たぶん立場は違っても作品としては構造は同じで、
一方から「ある見方をされている」けど「実際はこうだ」を暴く、というのが典型的。
でもたぶん、弁護士側の正義もあれば、検察側の正義もある。
だいたい真実ってそう簡単に暴けるものでしょうか…?
証拠はあるけど、目撃者がこう言っているけど、容疑者はこう言っているけど…?
HEROも、僕は実は映画は見ていないのだけど、
いつか絶対、弁護士としての正義感を持った敵役が出てくるものだと思っていた。
でてきて、検察としての木村の正義をぐらつかせるような展開があるものだと思っていた。
そして、この「検察側の罪人」は、予告編を見た限り、そういうところに切り込んだ映画なのだと思った。

.......が、本編を観て、愕然とした。違う。そんな映画ではない。
予告編の中でもでてくる見どころの一つ、
予告編では、木村拓哉二宮和也の検察として「正義」をぶつける場面だが、
映画を見ると、まるで別の場面として描かれている。
あの発言の動機が全く異なっているのだ。
ううん、なんてミスリード

すなわち、これは「正義」のぶつかり合いなどという格好のいいお話ではない。
この映画は、タイトルの通り、「罪人」を描いているのだ。
自らの「正義」を言い訳にして罪を犯す、そんな人間を描いているのだ。

この映画でちょいちょい登場する、極右の人たち、インパールの記憶。
正直言って、この映画の物語とほとんどからんでこない。
マスコミさえ恐れた重大な情報、というのも、物語では明かされない。
本当に必要?っていう。
ただ、あの戦争も、始める際には大きな「正義」があって、
今なおその正義は正しかった、という人もいるのは確かだ。
けど、その正義によって、大きな罪を犯した。
「ダメなものはダメだよ」って。
それってたぶん、この映画の木村拓哉の問題と同じなのではないか。

この映画で木村拓哉はある大きな罪を犯すのだけど、
それは「正義」という名の言い訳でしかなくて、
そういう木村の葛藤を描いたり、木村側に立った描写がほとんどないのって、
やっぱり、ダメなものはダメだよねっていう、ことに尽きるんではないのかな。

最後に、吉高由里子がかわいかった。これはまごうことなき正義と思った。

Detroit: Become Human

さすが評判の良いゲーム。
本当に、映画を見てるような、というか
映画を「やっている」ような気分でゲームをしていた。
自分の選択によって、ストーリーが変わってしまう。
その変わりようも多種多彩で、結末も大きく変わる。
近未来SFな映像もきれいで、素直に面白かった。

こうやって自分がストーリーを作っていくゲームだと素直にのめりこめる。
「没入感」が本作の特徴の一つだと思うのだけど、
時たまでるボタン操作、コントローラー操作は正直没入感と直結しているかというとそうでもなく、
やっぱり映像の力のほうが大きいような感じがした。
あまり「主人公らになっている」という感覚よりは単純にリズムゲームをしているような…。
こんな、ただボタンをタイミングよく押すゲームなだけなのに、なんでこんなに面白いのかと不思議だった。

アンドロイドに自我が芽生える現象を「変異」と呼んで、
それがきっかけで人間とアンドロイドの関係性に変化が訪れる作品。
ただその「変異」にあまり説得力がないんだ。
というか、アンドロイドなのに、変異すると、ただ人間になるだけなんだよ。
思考が人間と同じになるだけ。
そっからのストーリー展開が、近未来SFっぽくならないのはこの影響…。
たぶん本作って「こういうこともできる」という実験的な部分が大きいんじゃないだろうか。
だからこそストーリーは結構ありきたりなところで収まっている。

「先生!、、、好きになってもいいですか?」を観た感想

きれいです。広瀬すずかわいいし。

ただ、お話があんまり面白くないです。

だいたい「先生と生徒」の恋愛ってのがほとんど障壁として描かれていない。
高校卒業とともにすぐにくっついてしまうし、
いったい何が二人を邪魔していたんだろうって、
それが社会的ななにかとか、家族的なあれこれとか、
描かれないこともないけど、実に弱すぎる。
そう思うとこの映画の根幹からして崩れてしまわないか。
初めからくっつけばよかったんじゃないかって。
最初からいちゃいちゃした映画作ってればよかったんじゃないか。

結局「好きになっちゃいけない人なんていない」というセリフが根幹にあるとして
けど生田も広瀬も自分の中では「いる」と思っていて、
でもやっぱりいなかった、ていう。
あまりにこじんまりとしすぎているような…。

生田がなんで広瀬を好きになるのかってのがわからんです。
ライトノベルみたいて思った。
そりゃ広瀬すずに迫られて、落ちない人がいるのかっていえば、まあ、あれですけど。
エロ漫画に(たぶん)よくあるじゃないですか。
先生は生徒に手を出せないけど、
生徒は気をひきたいから…って。
つまりこういうことだよね(?)
「なんで中途半端に受け入れるんだ」って怒られるシーンがありましたけど、
そりゃそうでしょうよ。見てるこっちだってわからんもの。

卒業のシーンで思ったんですが、高校の時間の流れというのか。
3年で移り変わっていく高校生と、ずっといる先生の関係。
それはもうがむしゃらに生きなければならない高校生と、
もっと長い時間の中にいる先生の関係、というのがあるわけだ。
だからこそ「魔が差して」手を出しちゃう先生ってやっぱりダメ人間なんですよ。
全然興味ないですよ、的なキャラのくせして、
いちいちしぐさがあざとかっこいいわけじゃないですか。
広瀬だって不器用なキャラのくせして
いちいちあざとかわいいバカなわけじゃないですか。
なんだかいろいろと人物描写がチグハグに感じました。

あと親が出てこないよね。
大事なところで大事なセリフが吐けない親ってところに、
なんだかリアルっぽさがあった。
味方にも敵にもならない。

しかし映画が長く感じるのよなあ。
やっぱり最初からイチャイチャした話にしてれば
もっとすっきりしたんじゃないかなあ。

でもね、やっぱり画はきれいですよ。
ずっとにやにやしてたし。

そういや、県立○高って表札が何度か映るんだけど、あれもやもやしたなあ。
もう○県にしちゃえばいいのに。

歌ウサギ

歌ウサギ